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PIL/SLASH第二弾!コイビト遊戯

スペシャル

::: 第1位 廣瀬諒編  :::
■ Chocolate -Yuta × Ryo− / 文・画:丸木文華 ■


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「諒……へ、平気なのか?」
  見たことのないほど高い数値に、オレは諒が心配になって来た。まさかいきなり倒れたりしないだろうな。
「何が?」
「だ、だってお前、酔っ払ってるだろ?」
「……ああ、そっか。もしかして俺、顔赤い?」
  諒は苦笑して、自分の頬を撫でる。
「まあ、たまには俺が酔ったっていいだろ。いつもお前の介抱してやってんだから」
「い、いつもってほど頻繁じゃ……」
「だーいじょうぶ。俺はお前ほどじゃないよ。ほら、意識もしっかりしてるだろ?」
  何でもないと言うように両手を掲げてみせる諒。だけどやっぱり、いつもと違う。オレみたいに意識が飛ぶような感じじゃないかもしれないけど、確実に酔っ払ってるよ。こんな諒、今まで見たことない。
「でも……結構回ってるんじゃないの。諒、ぼんやりしてるっていうか……」
「……お前の方がぼんやりなの。ほら、口元。ケーキついてるよ」
「あ」
  指摘されて、慌てて自分で拭う前に、諒がオレの唇に指を伸ばす。ケーキをとったその指を、引くかと思ったらそのまま唇の合間に押し込まれて、面食らった。オレは仕方なく諒の指からケーキを舐めとる。
  ふざけているのかと諒の顔を見ると、口は笑っているけれど、目が暗い。その深い瞳の色に、なぜかオレの胸はどきりと騒いだ。
「ほら……食べなよ。チョコレートケーキ、好きだろ?」
「う……うん」
  促されて、もくもくとケーキを食べる。諒はオレの顔をひたすら眺めているだけだ。その視線が気になって、ケーキの味が分からなくなる。
「……裕太は本当に食いしん坊だな。お前の口は、いつも何か含んでないと気が済まないのかな」
「え?」
  ぽつりと呟かれた言葉を聞き逃して、思わず聞き返す。潤んだ諒の目は食い入るようにオレに向けられている。
「愛情も食いしん坊。……一体何人の気持ちを食えば満腹になるんだ?」
「……諒……?」
  諒が、やっぱりおかしい。酔っ払ってるせいなのは確実だけど、もしかして何かあったんだろうか。
「美味いんだよな、そのケーキ。愛情こもってるもんな」
「……さっきからどうしたんだよ、諒。……お弟子さんに、何か言われたのか?」
  訊ねると、諒は一瞬黙り込んだ。ぼんやりとした、それでいて執拗な目でオレを見つめながら、微かに首を傾げる。
「お前のこと……可愛いって言ってた」
「え……」
「このケーキ、裕太に食わせるって教えたんだ。その人たち、昔からうちに来てるから、お前のこと知っててさ。それで、お前の話になって……」
  諒は、ふいに唇を噛んだ。頬がますます赤みを帯びる。
「……恋人いるのかしら、だってさ」
「…………」
「いるみたいだって、言ってやったよ。もちろん俺だなんて言ってないけど、本当は言いたかった」
「諒……」
  息を呑んだ。
  諒、怒ってる。重い気迫が、緊張した空気の中、ゆっくりと伝わって来る。
「お弟子さんにだけじゃなくて、俺たちの周りの全員に言ってやりたいよ。裕太は俺の恋人だって。俺だけのものだって……」
  諒の手が、テーブルの上でフォークを握るオレの指に絡み付く。ケーキの乗った皿の上に、フォークがカランと落ちる。諒は熱っぽい目でオレを凝視しながら、指の間に指先を滑り込ませる。指の股の薄い皮を擦られて、その感触に腰の辺りがゾクリと痺れる。
「お前が母親のチョコレートケーキを恋しがるから、こんな風に慣れないお菓子作りまでしてさ……でも、結局彼女たちの手伝いがなきゃ、何もできなくて」
  ふいに言葉を切って、諒は悲しげな表情を浮かべた。
「……やっぱり裕太は、お菓子の得意な可愛い女の子の方がいいよな。あの人たちみたいな……」
「そ……そんなことないよ!」
  オレは思わず声を上げた。諒は自嘲気味な微笑みを浮かべて、ただオレを見つめている。
  常に諒の表情にこびりついている憂い。オレがいくら諒を好きだと言っても、諒は未だにその言葉を疑うばかりで、信じてくれていない。
  切なくて、もどかしい。せっかくのチョコレートケーキも、もうこれ以上食べられそうにない。
「オレ……諒のこと、好きだって言ったじゃないか。なのに、どうしてそんなこと言うんだよ……」
「……裕太」
「諒は……本当はオレから離れたいの? 今、諒は酔ってるから、本音話してる気がする。本当は、オレと別れたいの、諒なんじゃないの?」
「違うよ!!!」
  ほとんど悲鳴のように叫んで、諒は突然オレに抱きついて来た。蛇のように絡み付く腕が背中に食い込んで、息が出来ない。諒は熱い頬をオレの首筋に押し付けて、声を震わせた。
「不安なんだ……ただ不安なんだ……だから、確かめたいだけなんだ……!!」
「う……諒、く、苦しい……」
「本音? そんなわけないじゃないか。俺の心の内側、全部さらけ出したりしたら、裕太が死んじゃうよ……そのくらい、お前のこと、俺は……」
「……諒……」
  諒の熱い身体に抱き締められていると、直にその激しい感情が流れ込んで来るような気がする。ケーキ一切れ分のアルコールしか口にしていないのに、オレまで酔ったように熱くなる。
  次第に緩んでいく諒の腕の中で、オレは強張った諒の肩を優しく撫でた。そして、落ち着かせるように、穏やかに話しかける。
「諒……諒、大丈夫だよ」
「え……?」
「オレも今の、ちょっと諒を確かめたんだよ。……でもホントは、そんな必要ないくらい、オレは諒の気持ち、分かってるつもりだよ」
  諒ははっとした表情で、間近からオレを見つめた。昏い憂いが、僅かに溶けた。
「ごめん……」
  激情の波の去った静かな声で、諒は小さく呟いた。赤い頬が震えている。目元のほくろに、長い睫毛の影が落ちる。
  酔いのせいで顕著だったけれど、諒はいつでもこうだった。嫉妬して激昂して、オレに詰め寄って……結局、自分から謝ってしまう。諒は普段は落ち着いているけれど、オレに関してはひどく沸点が低い。きっと、溢れ出る感情を、自分ではどうしようもなくなってしまうんだと思う。そんな諒が愛しくて、怖い。繊細過ぎる、オレのコイビト。チョコレートみたいに、すぐ溶ける。
  オレの身体から離れようとするその腕を、掴んで引き寄せて、抱き締めた。諒は火照った顔で、小さな光の揺れる瞳で、オレを見つめる。
「裕太……」
「諒、落ち着いた……?」
「うん。……裕太、本当に俺のこと、好きか?」
「好きだよ。当たり前だろ」
「……そっか……」
  ゆっくりと諒の腕が伸びてきて、オレの首に巻きついた。誘われるままに唇を合わせると、深く食いつかれて、舌を噛まれた。口を吸い合っていると、着物の裾を割って、裸の脚が腰に絡みついてくる。
  何も言わずに、貪り合う。傍らにあるチョコレートケーキを指でむしって食べ合いながら、肌を重ねた。ケーキに染み込んだブランデーは、諒の嫉妬のように、じわじわとオレの喉を焼いた。
  諒の想いは、熱くて、重い。濃厚で、一度食べたら忘れられない、甘い甘いチョコレートだ。食いしん坊なオレを満足させてくれるのは、きっとこの胸焼けを起こすほどの甘いチョコレートだけ。他のなんて、きっともう、食べられそうにない。
「好きだよ……諒」
「うん……俺も。裕太……」
  うわ言のように囁き合う。身体も心も深く結びついて、ひとつに溶け合っている。
  だけど、そんな瞬間は交わっているこのときだけ。熱が冷めれば、溶けた心も凝固する。
   また、疑っている────。

- END -