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PIL/SLASH第二弾!コイビト遊戯

スペシャル


::: 第1位 廣瀬諒編  :::
■ Chocolate -Yuta × Ryo− / 文・画:丸木文華 ■


■ Chocolate ■

「そう言えばさ、もうすぐバレンタインだなー」
「ああ、そう言えばそうだな」
  昼下がりの教室。弁当を平らげた後、陽の当たる窓際で何気ないお喋りを諒としている最中。
  人肌恋しくなるこの寒い季節の一大イベントを口にしたオレに、諒は軽く笑って頷いた。
「いやな時期になって来たな。今年もチョコレート責めに遭うのかと思うと、気が重いよ」
「諒……それ、他の男連中の前で絶対言うなよ」
「え、何で?」
「当たり前じゃん! 自慢かと思われるって!」
……自慢ねえ」
  ふっとため息をついて、憂鬱そうな表情になる諒。
「俺にとっちゃ全然嬉しくないんだけどな。チョコレートなんてあんまり好きじゃないし……お弟子さん相手だとお返しにも気を遣うし」
「あ……そっか。おばさんのお茶の教室に来てる人たちは、皆諒に渡すもんな」
  あの人たちにとって、諒はいわばアイドルだ。小さい頃から常におばさんの側でお茶やお花を習っている諒は、すでにお弟子さんをとれる資格も持っている。有名な茶道家のおばさんのところには、良家のお嬢様が女性のたしなみや花嫁修業といった名目でお稽古に来る。完璧な手さばきでお茶を点て、端正な顔で穏やかに微笑む家元の一人息子は、そんな女性たちの目には王子様のように映ることだろう。
「でも、裕太だってたくさん貰うだろ?」
「……まあ、オレは諒ほどじゃないと思うけど。それに、大半は恵んでくれてるって感じのヤツだし」
「何言ってんだ。俺へのチョコだって同じだよ。義務的っていうか……家族から貰うようなもんだ」
「そっか……そうだよなあ」
  確かに、今はバレンタインデーは学校だの職場だので女の子が男にチョコを配るのはもはや常識になっている。同じ環境にいる仲間への礼儀みたいなもので、家族から貰うのと同じことなのかな。
「……オレも、毎年母さんが作ってくれたチョコレートケーキ、楽しみにしてたなあ」
「裕太……」
  小さい頃から、二月十四日はクリスマスやお正月に続いて楽しみなイベントのひとつだった。夕方になるとすぐに友達と別れて、走って家に帰るんだ。家の前に着けば、もうチョコレートケーキを焼く甘い匂いが外まで漂って来て、オレはそれだけで飛び跳ねたくなるほどワクワクした。
  チョコレートの大好きなオレが、中でもいちばんの大好物は母さんの作るチョコレートケーキ。甘くて蕩けるみたいで、ほのかにミルクの匂いがして、まるで母さんみたいに優しい味だった。父さんや兄ちゃんはそんなにチョコレートが好きってわけじゃなかったから、オレがほとんど一人で平らげてたっけ。
「美味しかったなあ……」
「ふーん……チョコレートケーキ、ねえ」
  諒は顎に軽く指を当てて、考えるような顔つきになる。そして、ふいに、ぼんやりと呟いた。
「……俺、作ってみようかなあ」
「ええっ!?」
  思わず叫んだオレの声に、教室中が振り返る。諒も目を丸くしてオレを凝視した。
「な、何だよ……そんな大声出して」
「だ、だって、諒……」
  諒は男子厨房に入らずで育てられているから、レトルト食品の温め方だって知らないくらいだったんだ。それなのに、いきなりケーキだなんて無謀過ぎる。
「阿鼻叫喚の地獄絵図だよ!」
「……お前、俺を怒らせようとして言ってる?」
「ち、違う! だって諒、ケーキの作り方なんて知らないだろ!」
「母さんに教えてもらうよ。あの人、洋菓子も結構得意なんだ」
「そうなんだ……で、でもさあ……」
  おばさんに教えてもらったって、そう簡単にできるかどうか。卵白の掻き混ぜ方ひとつとっても、慣れていないと大変な作業だ。お茶を点てるのとはまた違う。それに諒のことだから、レシピ教えてもらったら後は一人でやるって言い張りそうだし……。
「やめた方がいいと思うけどなあ……」
「よし! それじゃあ早速母さんに教えてもらおう。裕太、十四日は空けておけよ。お稽古が終わった頃、うちに呼ぶから」
「う……。わ、分かった……」
  オレは勢いに押されて、仕方なく頷いた。諒はすでにやる気満々だ。
  ……絶対、やめた方がいいのに。ものすごく悪い予感がする。だけど今無闇に止めても焼け石に水っぽいしなあ。
  オレはせめておばさんが息子の暴挙を止めてくれることを祈りながら、上機嫌の諒の横顔を眺めるしかなかった……。

                              ***  

  そして、約束の十四日がやって来た。
  夕方電話で呼び出されたオレは、怯えつつ諒の家の玄関をくぐった。いつものようにインターフォンを押すと、奥で物音がして、パタパタとスリッパの音が近付いて来る。
  オレは無意識の内にくんくん匂いを嗅いだ。……うん。焦げ臭いにおいはまだしない。爆発は起きていないようだ。
「裕太! いらっしゃい」
「あ……、諒」
  玄関を開けてくれた諒は、なぜかのぼせたような顔をしていた。お稽古が終わってすぐにケーキ作りに取りかかったのか、和服のまま袖をタスキがけにして、白いエプロンをつけている。多分、おばさんが使っているものだろう。そんな見慣れない格好のせいか、いつもと違う雰囲気の諒にオレは少しドギマギした。
「寒かっただろ。今日は雪が降るって予報だもんな。ほら、入りなよ」
「う、うん」
  促されて家の中に足を踏み入れる。靴を脱いで上がると、唐突に諒に手を握り締められた。その肌の熱さに、オレは内心ぎょっとする。……諒、まさか風邪でもひいてるのか? 顔赤いし、手は熱いし……。
「やっぱり冷たいな……。手袋、して来なかったのか?」
「え……う、うん。そんなに、遠くないし……」
「しもやけができるぞ。こんな寒い日に裸の手さらすなんて」
  諒は小言を言いながら、オレの手を握ったままダイニングルームへ歩いて行く。戸惑いながらそれに従いつつ、オレは意外なことに気が付いた。家の中は、甘い美味しそうな匂いが漂っていたんだ。
「諒、もしかしてもう焼けてるのか?」
「ああ。一応もうできてるんだ。学校から帰って来てからずっと作ってたんだけどさ」
「え……そうなんだ。お稽古は?」
「途中まで出たけど、今日は母さんに任せちゃったよ。ああ、母さん今日は付き合いで夜までいないから。夕飯も一緒に食べような」
「それは嬉しいけど……おじさんは?」
「今夜は同僚と飲みだと思うよ。夕飯は母さんが作り置きしてくれたから安心しろよ。今日は豚の角煮だって」
「へえ……」
  できればそっちだけ食べて帰りたい……と心の中で呟く。諒のチョコレートケーキ、匂いは美味しそうだけど、味は分からない。甘いことは匂いで分かるものの、美味しいかどうか確かめるのは怖い……。
  なんてことは当然言えずに、勧められてテーブルの椅子に座った。マフラーとジャケットをとりながら、キッチンで何やら準備をしている諒を眺める。……諒のやつ、普段料理なんかしないくせに、やけに白いエプロンが似合う。和服はずっと身につけているから馴染んでいるのは当然として、あんなフリルのついたエプロンが似合うなんて意外だ。まあ、諒はごついわけじゃないし、物腰のせいかあんまり男男してないから、違和感がないのかもしれない。
「はい、おまたせ。どうだ、結構見た目はいいだろ?」
  やがて目の前に置かれた大きなチョコレートケーキに、オレは目を丸くした。
  ……信じられない。液状化現象が起きているかおせんべいみたいにぺったんこか、とにかく惨憺たる状態を想定していただけに、このきっちりと膨らんだ丸いものを見ていると呆然としてしまう。
「……びっくりした。これ、諒が作ったんだよな……?」
「うん、そうだよ。……と、言いたいところだけど」
  諒はため息をつきながら、ポットからティーカップに紅茶を注ぐ。
「実は色々手伝ってもらったんだ。残念ながら一人で作ったわけじゃないよ」
「え……でも、おばさんはお稽古だったんだよな?」
「そう。なんか、途中で三人くらいお弟子さんがこっちの母屋に来てさ、見てられないとか言って」
「え……お弟子さんが?」
「うん。母さんが、俺がケーキ作りしてるって言ったらしいんだよね。そしたら、わざわざ見物に来たみたいで。俺が危なっかしい手つきだから、放っておけなくなったんだってさ」
  ティーカップをオレの前に置くと、ホールのチョコレートケーキを八分の一の大きさに切り分けて、ティーカップと揃いの皿に乗せてくれる。そしてオレの隣の椅子に腰掛けて、面白くなさそうに頬杖をついた。
「俺は一人で、裕太のために作ってやりたかったのになあ」
「で、でも……実際、諒が作ってくれたんじゃん! そりゃお弟子さんは手伝ってくれたかもしれないけどさ、諒の手作りには違いないよ」
  それに、そのお陰で大惨事を免れたんだし。きっと、おばさんも心配で、わざとお弟子さんを諒のところにやったに違いない。母親の自分が行くと突っぱねられそうだから、諒が手伝いを断れない状況にしたんだろう。
「そうかなあ。……そう言ってくれるとありがたいけどさ。まあ、とりあえず食べてみてくれよ」
「うん! そうだな。それじゃ、いただきまーす!」
  お弟子さんが手伝ってくれたと聞いて安心したオレは、結構大きめにフォークで切って、頬張った。
「……どうだ? 裕太」
「うん……うん! 美味しいよ〜!」
「そ、そうか、よかった……」
  本当に、お世辞じゃなく美味しかった。甘さも程よく、食感もしっとりとしていて口溶けもなめらかだ。けれど、そこに少し変わった風味が混じっていて、香りはいいんだけど、ちょっと頭がぼうっとする。
  ……この感じは覚えがある。極端にそれに弱いオレは、少し入っているだけで身体が反応しちゃうんだ。
「……えっと、これ……もしかして、お酒も入ってる?」
「うん、ちょっとだけ入ってるよ。ブランデー」
  やっぱりそうだった。そりゃ酔っ払うほどじゃないけど、あんまりたくさんは食べない方がいいな。もしケーキでヘベレケになっちゃったら、かなり恥ずかしいし。
「そのブランデー、父さんのお酒の棚からくすねて来たヤツなんだけどさ。お弟子さんが悪ノリしちゃって、味見してみようなんて言うもんだから、少しだけ飲んじゃったよ」
「えっ、そうなんだ。なんか高そうなブランデーだなあ。おじさん、怒らないの?」
「大丈夫だよ。洋酒は貰い物が多くて、父さんあんまり飲まないんだ。日本酒なら怒ったかもしれないけど。……ほら、これ」
  諒はカウンターにある黒いビンを取って、テーブルの上に置いた。ケーキを食べながら、何気なくそれを眺めてみる。これ……ナポレオンって読むのか? えーと、ブランデーって、どのくらいの強さなのかな……。
「……え」
「ん……どうした? 裕太」
「こ……これ……」
  オレはぼんやり見つめてくる諒を見つめ返した。未だに頬が赤い。目も潤んでる。
  そうか、そうだったんだ。諒、風邪じゃなかった。酔っ払ってたんだ。だってこれ、アルコール度数四十って書いてある……。

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