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半左がどうぞ、と冗談めかして手のひらを差し出してくる。
- 印我桐久「……」
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俺はそいつを一瞥してしてから―
片手で躊躇なくぎゅっと掴み上げた。
握手でもするように。
- 鍬刀半左「……っ、うお……―、え?」
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瞬間、俺より少しデカい手のひらがビクンと揺れる。
それでも咄嗟のことで反応できなかったのか何なのか、
振り払われはしなかったんで―
そのまま触り心地を確かめるように、
数回ぎゅっぎゅと握り締めてみる。
体温や手のひらの厚さ、少しカサついた肌の感じ。
触ると想像と現実がリンクして、実体を結んでいく。
- 印我桐久「……うん」
- 鍬刀半左「……、えーと……なにしてんすか……」
- 印我桐久「お前とももうフェンス越しじゃないんだな、と実感してるとこ」
- 鍬刀半左「―――……」
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子供の頃からの友達なのに、互いに触ったこともないんだ。俺たちは。
- 印我桐久「おい」
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ケツポケットに丸めて入れてた求人雑誌を取り出し、ポンとそいつの頭を軽く叩く。
- 霞丁水明「っ……」
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それでようやく、水明は顔を上げる。
―――まだ子供っぽさの残る表情が、少し微笑ましく思えた。
- 印我桐久「俺を待ってたんじゃないのか。
本読むのに夢中になってたら意味がないだろ」
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俺がそう声をかけてから少し後に、水明はようやく目を眇める。
- 霞丁水明「あーあ……帰って来たんですね」
- 印我桐久「なんだ、そのつまらなそうな顔は」
- ???「……、どうも」
- 印我桐久「おっ……」
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ちょっと驚いて声はあげてしまったが、男はニコリと笑って軽く会釈をしてくる。
- 印我桐久「どうも。……なにを読んでるんだ?」
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近付くと、人影は一拍置いてからゆっくりと俺の方に向き直る。
顔半分を隠してた長い髪が後ろに流れて、その相貌があらわになった。
……なんだ、なかなか小奇麗ないい男じゃないか。
- ???「……、中に手紙が入っていてね」
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男は、持っていた紙をすい、と手首を返すようにして俺の前に軽くかざした。
- 菟針李京「わっ……!」
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サンバイザーに挟んであったらしい小物が、李京の頭の上に振ってくる。
直撃だった。
- 印我桐久「何やってんだ」
- 菟針李京「あはは……。ここ、意外に使い勝手がよくて……。つい色々なものを挟んでおいていたのを忘れていたよ……」
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頭や膝に色んなものを引っかけながら、照れ笑いをする李京を目に、俺の感想はただひとつ。
- 印我桐久「ドジ」
- 菟針李京「め、面目ない……」
- 印我 桐久「陰茎を出せ」
- 鍬刀 半左「は?」
- 印我 桐久「ちんぽを出せと言ってる。俺も出す。まとめて一緒にしごくぞ」
- 鍬刀 半左「……そ」
- そうだけど、と言葉をモゴつかせた半左の顔がみるみるうちに紅潮していき、笑いかけた口元がヒクと引きつる。
- 鍬刀 半左「いきなり……そんな。ダイナミックすぎるだろ」
- 印我 桐久「せせこましいセックスなどお断りだ。
お前だって俺の優雅で可憐な痴態を見たのだから―――
そそり立っているはずだ、ちんぽが。
―――ええいまだ出していないのか、まだるっこしい」
- 鍬刀 半左「―――っ、待て、待って! 自分でやるから」
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どっ、とハコが膨らむくらい、歓声が湧き起こる。
それを押しのけるかのような前奏が床を、壁を、照明を、俺たちの脳みそを揺らす。
- 印我桐久「うっ……うお……!」
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同時にステージの下の方から、体がふっ飛ばされそうなほどの風が吹きつける。
- 鍬刀半左 「……っ、コルチカムのせいだよ……!」
- 印我桐久 「は? なんだって!? 聞こえねえ!」
- 鍬刀半左 「今、一番メジャーデビューに近いって言われてる
コルチカムってバンドだよ!人気もすげえの!」
- 印我桐久「コルチカム……、誰だそいつら」